2009/12/23

Yo La Tengo×ゆらゆら帝国 @Shibuya O-EAST 2009/12/16

Yo La Tengoの東京公演は2Daysで、この日が初日。
翌日の品川ステラホールのYo La Tengo単独のライブはまだチケットがあるようだったが、この日はソールドアウト。
職場の先輩も実は先行で申し込んだけど抽選で外れて行けない、とのこと。
羨ましがられた。

ということで、19時15分ぐらいに会場に入ったところ、ステージ最後部までお客さんぎっしり。
ゆらゆら帝国は4年ぐらい前にフジロックで観た以来。

・『穴』
変拍子のスカスカした空洞を感じさせる音でカオスの世界を繰り広げる。

・『やさしい動物』
カオス、カオス、カオス。
変としか言いようのない、それでいてクールな曲。

・『3X3X3』
徐々に加速するリズムと坂本さんの叫びで、完全にスイッチ入る。
自然に身体が動く。
日本が世界に誇るロックンロール。

・『おはようまだやろう』
最新アルバムから演奏。和んだ雰囲気に。

・『ミーのカー』
横への広がりから、今度はサウンドはどんどんと深化していく。
とろけるサイケデリックの世界。
時代がタイムトリップしたかのよう。

・『無い!!』
延々と心地よい演奏が続き、フレーズは繰り返される。
こんな音は、Fuji Rockのあの自然の中で聴きたい。
10分近い演奏はもうただただ、幸福感で満たしてくれた。

最後は、最新アルバム収録曲の『ひとりぼっちの人工衛星』で、ほのぼのとあったかい音で締めくくった。

しびれるかっこ良さと、緩い心地良さ。
玄人受けするライブとはこういうものだろう。

ゆらゆら帝国目当てのお客さんもけっこういたのか、Yo La Tengoのセットチェンジの間に、一気に空いたので、前方へ。

そして、Yo La Tengoが登場。

最新アルバム「Pop Songs」からの『Here to Fall』でスタート。
次は、とてもキュートでポップな『Mr. Tough』(「I Am Not Afraid Of You And I Will Beat Your Ass」収録)。

そこから一転して、幽玄で美しい最新アルバム収録の長尺のナンバー『More Stars than There Are in Heaven』。
私はYo La Tengoの音楽に夕暮れ時を感じる。
アメリカ郊外の夕方。日が沈み、徐々に街頭が灯る。
思い浮かべるのは、ハイウェイ。
先には家族が待つ家がある。
全くの想像だけど、私はいつもそんな風景を彼らの曲からイメージする。
こういう曲を変わらずに生み出し続けられるところに、彼らが愛され続ける理由の一つを見出すことができるのではないだろうか。

『Madeline』は「And Then Nothing~」に収録された、やさしいナンバー。
再び、最新アルバムからポップでベースラインが印象的な『If It's True』を。
ロマンチックで夢心地気分の『.I'm on My Way』では、気持ちよくて思わず寝てしまいそうになる。

そして、『Tom Courtenay』のアコースティックバージョン。
彼らの曲の中でも、屈指の名曲だと思う(「Electr-O-Pura」に収録)。
会場全体が曲に聴き入っていた。
Georgiaがボーカルのアコースティック・バージョンと原曲は全く違う印象を与える。

アコースティック・バージョン




再び、最新アルバムからYo La Tengoらしい、絶妙なリズム感と大胆なキーボードのメロディ・ラインが特徴的な『Periodically Triple or Double』を。
前衛的な超絶ナンバー『False Alarm』(「Electr-O-Pura 」収録)。
Iraの大胆なキーボード演奏は圧巻。
途中からはマラカスも加わり、完全にスイッチ入ってるお客さんが後ろで踊り狂っていた。

そこから、疾走感溢れるポップな『Nothing to Hide』(「Popular Songs」)へ。
バラエティに富んだ曲を次から次へ演奏できるベテランの貫禄。
彼らの楽曲の幅の広さを改めて感じた。

そしてそして、一番好きな曲のイントロが。『Sugarcube』(「I Can Hear the Heart Beating as One」収録)。
頭の中が真っ白になるくらい、鳥肌が立つ。
会場のお客さんからも大きな歓声が上がる。
何度聴いてもいい曲。
大学生の頃、「I Can Hear ~」が本当に好きでよく聴いていた。
今聴いてもその興奮は全く変わらない。

PVも最高。



印象的なドラムと、郷愁を誘うメロディラインがあまりに美しいナンバー『Blue Line Swinger』(「Electr-O-Pura 」収録)で本編の最後を飾った。徐々に激しく、速くなり、広がっていく轟音ギター。このままずっと鳴り止まないで欲しいと、会場にいるほとんどの人が思っただろう。



アンコールでは、Yo La Tengoからのクリスマス・プレゼントが。
「パンパラパーパッパッパ~」のコーラスで始まるあの曲。
『You Can Have it All』。
その振り付けはこんな感じ。



今回はGeorgiaは踊らず、しっとり歌ってました。
巨漢のJamesと、真面目な顔で真剣に踊り続けるIra。
この二人の組み合わせが愉快でしょうがない。
IraとJamesのキュート過ぎる振り付けは会場を幸せなムードで一気に包み込む。

その後にしっとりと『Can't Forget』を演奏して、アンコール終了。

それでも、お客さんは帰らない。
お客さんの拍手に応えて、再び登場!

この日はゆら帝の後だったので22時近くになっていたけれど、2度目のアンコール。
本当にあったかいバンド。

最後は、Liveでいつも彼らがカバーする時のバンド、Condo Fucksで締めくくった。

現役で活躍しているアメリカン・オルタナティヴ・バンドの最高峰。
であるにも関わらず、素朴であたたかいステージ。
彼らの人柄が滲み出た空間。

心から満足できるライブだった。


2009/12/12

田中宗一郎編集長がゲスト 「音楽ジャーナリズム論」 2009/12/11 @渋谷東急セミナー

先日、音楽ライターの岡村詩野さんが渋谷東急セミナーにて隔週で開催している「音楽ジャーナリズム論」の講座に、ゲストとしてsnoozer編集長の田中宗一郎氏(以後、タナソウ)が招待され、貴重なお話を聞くことができました。

岡村さんはsnoozerでもお仕事をされていて普段からタナソウと親交があり、今回この講座にタナソウが来るのは3回目とのこと。
今回は、最新号のsnoozerの表紙を飾ったCharlotte Gainsbourgの来年1月にリリースされる新譜音源をかけながら、このCDのレビューを書く、というお題で講義が行われた。
まず、講座生に「何について書くか」ということを一人ひとりに聞いていき、ホワイトボードに整理する。

あまり詳しくは書けませんが。


●文章を書く前にする作業

私にとって発見だったのが、「作品に対する要素を細かく分けて全部書き出す」ということ。
つまり、私たちは音楽を漠然と聴くもので、音楽評論家はそれを細かく分けるところから分析が始まるわけです。


●読み手を意識する

そして、一番大きな気付きだったのが、読み手に対する意識の仕方。

「どうやったら、どんな階層の人でも理解できるような文章になるか」

これは言われると納得するのだけど、音楽雑誌なんてものは実際には一部の人が読むものなので、そこまで幅広く読者層を意識しているとは思わなかった。

「幅広い層を掴むためにはどの要素が最も訴求し、伝わりやすいのか」

考えることが大切ということです。

理想は不特定多数に読まれること。


●「伝えたいこと」と「書きたいこと」

また、タナソウは講座生に
「伝えたいから書く?書きたいことを書くために書く?どっち?」
と質問をした。

私は正直、「伝えたいこと」と「書きたいこと」を区別できなかった。
私の中では「伝えたいこと=書きたいこと」と思っていたので。

「伝えたいこと」⇒相手とって必要だと思われることを、相手に伝わるように書く
「書きたいこと」⇒相手を意識せず、自分の好き勝手に書きまくる
ということ?


●文章の魅力=書き手の魅力

作品の本質は一つではなく、それは書き手によって異なる。
だから結局のところ、そのレビューや文章が「正しいかどうか」は重要ではなく、「論旨が明確か、はっきりとしているか」が書く上で最も重視しなければならない、とのこと。
そして、

文章のおもしろさ、魅力=その人の人間的なおもしろさ、深み、書き手のスタイル

だということ。

snoozerの魅力は、タナソウの人柄の魅力そのものと言っても、反論する人はほとんどいないでしょう。
タナソウの話は人を惹きつける。
音楽でなくても、どんな題材を取っても、タナソウは人を惹きつける文章を書くことができるだろう。

論旨がはっきりとしていれば、それに対して読み手は賛同や共感もできるし、反論も嫌悪もできる。
その文章に対して、何らかの反応が生まれる。
だが、論旨がはっきりしていないと、たとえそれが正しいことを言っていたとしても、反応は生まれない。

論旨がはっきりしている=自分のスタンス、スタイルが確立している

有名なライターの文章は、それぞれ特徴がはっきりしていて、好き嫌いもはっきりしている。
もちろん、しっかりとした音楽的知識、経験があってこそ、論旨をはっきりさせることができる。

私の文章は、何が言いたいのかわからない。
まさに、自分の内面が表れている。

自分のぶれない軸を確立することが大切。


●最後は、webやtwitterの話

タナソウ、最近はすっかりtwitterの虜のようです。

http://twitter.com/soichiro_tanaka

ただし、ブログの文章は紙の文章に比べるとどうしても洗練されない、とも言っていた。

twitterの魅力は、「瞬間的」なところにあると。


予想以上にとても充実した内容で、満足のいく講座でした。

2009/12/08

日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~

NHK 2009/12/7放送 日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~

「日本海軍の幹部たちが、戦後自らの責任を徹底的に議論し、極秘裏に遺していた「海軍反省会」の記録。」




68年前の今日、日本は太平洋戦争を開始した。
NHKは今年の夏に3回に渡り、日本の軍部の幹部たちの反省会の記録を元に、どのようにして日本が戦争へ突き進んだのかを追跡する特集を組んで放映した。

私は夏の放送の3回のうち、おそらく2回は観た。

その時に感じたのは、戦争とは決して異世界の出来事ではなく、私たちが働く会社の組織と非常に似た原理が働いて、日本は開戦に到ったのだということ。
そして、番組を通して、組織が暴走する恐ろしさを感じ、同じような過ちを繰り返さないために、個人一人ひとりが組織の雰囲気に流されることなく、自らの頭で考え、自らの意見を伝えることが意思決定の場面で非常に重要だと学んだ。

今回の特集でも、私たちが現代の生活を送る上で留意すべきことを伝えていたので、印象に残った点を以下に要約する。

・日本人は過去の成功体験は記憶し、誇るが、過去の失敗体験は隠そうとする。責任を取らない。
・組織のトップは、長期的な視点で戦略を立て、その戦略が上手くいくのかをじっくりと検討しなければならない。目先の結果だけを求めて計画を実行してはならない。
・組織の中においては、人は自らの部署の利益を最優先しようとする。
・開戦前の日本は、過去の勝利の成功体験に国全体が熱狂していた。それは、メディアの報道によって扇動された要素も大きい。
・組織のトップは、末端の最前線にいる人間のことは考えない。
・戦略を計画する軍部のトップは現場での戦争体験のないエリートがほとんどであった。
・組織の意思決定の場では、個人はその空気に流され、組織の流れを止めることは難しい。


最後に登場した作家の3人のメッセージが流された。
・過去の歴史を学び、世界を知り、日本という国をどう作っていくのか、若い人たちがしっかりと考えてほしい。
・戦争は静かに忍び寄る。こうしている間にも。
・過去の失敗は伝えていかなければならない。


子どもたちは大人を信じ、数え切れない若者が無念の中、命を落とした。


日本人は和を大事にし、個人の主張よりも協調を尊ぶ。
そういった国民性は、こうした戦争へと走る時代においては非常に危険だ。
2年ほど前には「KY」という言葉が高校生や若者の間で流行ったが、空気を読めないことは罪ではない。空気が読めたとしても、自分の意見をしっかりと主張することが大切。

そして、メディアの報道も大きな責任がある。
報道が偏ったり、制御されたりする危険は常にある。
けれど、今はインターネットの発達により、情報を一部の人間が操作することは非常に難しくなってきているように思える。
今の時代は「無関心」でさえなければ、世の中にコミットしていれば、大きな流れがおかしな方向に進み始めた時に気付くことができるはず。
私たち一人ひとりの影響力と責任はこれまでよりも大きくなっていると思う。

2009/12/06

once ダブリンの街角で

2007年に日本での映画館で上映され、2008年にDVDとして発売されている作品。

アメリカでも当初は2館の上映だったが、口コミによりその後140館にまで拡大上映され、第80回アカデミー賞歌曲賞、2007年サンダンス映画祭ワールドシネマ部門観客賞、2007年ダブリン国際映画祭観客賞など、世界中の映画祭で受賞している。

父親の経営する店で掃除機の修理をしながら、ダブリンの街頭で弾き語りをして暮らしている男と、花や雑誌を売りながら娘と母親とつつましく暮らす女。

男の弾き語りを聴き、女が話し掛けたことから二人の関係は始まる。

男はずっと別れた女性のことが忘れられず、過去の想いを引きずってそれらを歌にしている。

二人の生活はけっして豊かではなく、特に女の生活はぎりぎり。
だからこそ、音楽は希望をもたらす。

ピアノが家にない女は楽器店の昼休みの間に、店の人の好意でピアノを弾かせてもらっている。
そこで二人は、男のオリジナル曲を男はギターで、女はピアノで一緒に演奏する。
音楽を通して二人の気持ちは少しずつ通じ合う。

この映画は男の弾き語りのシーンでスタートするが、初めの5分を観ただけで、素晴らしい映画だと多くの人は感じるだろう。
音楽の素晴らしさは、それらがどういう背景で生まれ、作り手がどのような想いで創作したのか、というところに全てがかかっていると私は思う。
表現しなければ居ても立ってもいられない、そんな状況がいくつもの傑作を生み出す。
そういったことを改めて思い出させる映画だ。

この男の歌う音楽がなぜここまで聴く人の心を揺さぶるのか。
それは、失恋から立ち直れない、いつまでも女々しい男がありのままの想いをさらけ出しているからだろう。
誰しもそんな経験はあり、過去の自分がフラッシュバックする。
もしくは、失恋の真っ只中という人もいるだろう。

普段はこういったシンガーソングライターの曲や哀愁漂うような曲は進んで聴かない私だが、この映画で歌われる曲はどれも胸に響いてきた。
それは、繰り返すようだが、男の渾身の想いが込められているから。

特に大きな変化のなかった生活が、音楽によって変わり始める。
作った曲に歌詞を付けてほしいと頼まれた女は、男の作った曲を聴くために夜中に電池が切れてしまったプレイヤー用の電池を買いに行く。
このシーンが印象的だ。
娘と母親と暮らすのがやっとの、毎日細々と生きてきた女が、自分のための楽しみを見つけ、熱中している。

惹かれあう二人だが、女は結婚している。
男も別れた女に再び会いに行こうとロンドンへ旅立つ決意をする。
そして、男は旅立つ前に女を誘ってレコーディングをする。

この二人は関係を結ばずに、お互いの道に進んだ。
けれど、二人の出会いと二人が過ごしたわずかな時間は共に一生の思い出になる。
女性が結婚していなければ、違っていただろう。

このような出会いは普通に暮らす私たちの周りにもあるだろう。
結婚はとても強力な拘束力を持つ。
それが良いとも悪いとも言えない。
けれど、この映画の女はとても現実的で理性を持って男に接した。

男は時に理性を失いがちになる。
その時を楽しむ、一期一会の出会いだから、と身を委ねることもロマンティックだ。
けれど、現実的に二人に先がなければ、感情に流されずに踏みとどまる方が美しい思い出となることもある。

男と女は関係を結ばなくても、気持ちを通わせることができる。

大げさなストーリー展開はない。
誰にでも起きうる日常の出来事を鮮やかに映し出した素晴らしい作品。

大人になったからこそ、胸に響く映画だ。

そして、音楽好きなら必見。

主演のグレン・ハンサードはアイルランドのロックバンド、The Framesのヴォーカルで、今作が初主演映画となっている。
この映画で彼の歌声に胸を打たれた人はThe Framesも聴いてみては。
アイルランドのバンドらしい、壮大で叙情的なメロディー、魂のこもったヴォーカルは、日本人にも馴染みやすいと思う。